~アジアの始まり~
イスタンブールはヨーロッパとアジアのちょうど中間に位置する特異な街である。イスタンブールという一つの街の中にアジア側、ヨーロッパ側が存在する。
僕はもう1年半以上も続く長期旅行の中で中南米に10ヶ月、ヨーロッパに7ヶ月いた。多少エジプトやイスラエルにもいたがそれはおまけのようなものであった。また、ヨーロッパの旅を始める前にイスタンブールに立ち寄った。つまりは、イスタンブールに来るのはこの旅で2回目と言うことになる。
僕はあと約3ヶ月で日本に帰ると決めた。オランダにいたときに頭がおかしくなり考えた末での結論だった。むしろ旅がこんなに長くなることは予想だにしていなかった。ドイツにて治験をやったおかげで多少まだお金はあるが、僕は日本語教師になるため、インターネットの日本語教師要請講座に多額のお金を支払い、実際そんなにお金は残っていなかった。
帰らなければならない。だが、帰る前にあと少しだけアジアをできる限り旅すると決めた。
世界一周というものにそこまでこだわっているわけではないが、できる限り世界一周に近い形で旅を終えることを夢見ていた。実際、僕は今までの人生でアジアへ何回か旅行したことがあった。トルコ・イラン・パキスタン・インド・バングラデシュ・ミャンマー・タイ・ラオス・カンボジア・ベトナム・そして台湾にいったことがあった。
そういう意味では(中国本土を除いて)アジアはある程度知っていた、インド・ネパール・バングラデシュにいたってはボランティア活動と称して1年間すんでいたことすらあった。
アジアはある程度知っている。そういう意味では僕は帰るべきなのかもしれない。実際帰ることを何回も考えた。だが、3ヶ月と言う短い期間ではあるが、まだ行っていないアジアの国々や、一度いった国にもう一度いくのも一興だと考えるようになった。
自分の旅行記を書き始めてから1年半以上が経過した。中南米・ヨーロッパと多くの経験を書いてきた。だが、アジアの旅はもっと感情的に記したい。ただの感想文になるのかもしれないが、それはそれでいいだろう。もう、あと3ヶ月しかない。
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イスタンブールには多くの友人がいた。以前にイスタンブールに来たときにカウチサーフィンやライブモカで知り合った人々だ。だが、以前にイスタンブールに来たときはヨーロッパの旅を目の前にして、また物価の高さに辟易し、かなりいらだっていたのも事実だった。そのためか、観光にこだわり、人々の温かさに気がつくこともなかった。実際気がついてはいたが、それをうまく許容できなかったというほうが正しいかもしれない。
また、以前イスタンブールにいたときは元彼女のことをめぐり多少考え込んでいたということもあった。
だが、ヨーロッパでおこった一つの事件をきっかけに僕は元彼女を失った。今思えば本当によかったと思っている。あれは本当に幸運だった。それはたった4時間だけですべてを忘れることができたと言う事実にあらわれていた。今は邪魔な存在がなく海外を思う存分に感じることができる。
以前と同じようにサビアギョクチェンという中心部から異常に離れた空港からトルガの家に向かった。トルガとは以前イスタンブールに来たときにネットで知り合った。彼は一切の英語が話せず、日本語も本当に挨拶くらいしかできない。いつもグーグル翻訳を使って話をしていた。だが、彼は疑いなく、いい人間だった。それだけは確信していた。
空港から港のあるカドキョイまでバスは走った。ここから船でヨーロッパ側に渡り彼の家に行く。バスが走っている中、日は暮れていった。その夕日を見ながら僕はなぜか感動をした。僕はヨーロッパからアジアへ帰ってきた。イスタンブールと言うトルコの一番大きい街に帰ってきた。そして僕はようやくヨーロッパを終えて、アジアの旅を始めようとしているのだ。
またも、見知らぬトルコ人は僕を助けてくれた。トルコ人、、自分がトルコに来たリアルさが伝わってきた。
トルコ人は日本やヨーロッパでは考えられないほど親切な人がいる。街で道を聞けば目的地まで連れて行ってくれたり、チャイをおごってくれたりした。バスの中で僕を助けてくれたトルコ人も例外ではなかった。彼は1分前にあった日本人に親切に道を教えてくれ、結局一緒に船に乗りエミノニュまで送ってくれた。途中チャイやオレンジジュースまでおごってくれた。僕は泣きそうになるほどうれしかった。こんなトルコが僕は大好きだった。
トルガの家は思ったよりも遠かった。助けてくれたトルコ人のスマホから彼に時間に遅れるから「10時15分につく」とフェイスブックでメッセージを送り、予定よりもかなり遅れて待ち合わせ場所のYabuz selimに到着した。
暗くなってきた。彼はメッセージを見たのか?本当に来るのか不安に思いながらトラムの駅の近くで待っていた。
まだ10時15分まで20分くらいある。とりあえず20分までは待ってみてそれでこなかったらまた考えようと思い、すっかりと暗くなった駅周辺で彼を待った。
彼はやってきた。僕は心の底からうれしくなり、彼とハグをして家に向かった。彼は何もいわずにバックパックを持ってくれた。この人柄のよさは健在だった。こんなにいい人間を僕は今まで見たことがない。
ハウスメイトも僕が来たことを喜んでくれた。僕は彼の家でトルコ料理を食べさせてもらい、安心感に包まれたまま眠った。
この「安心感」という概念は実に7ヶ月ぶりだった。
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