イギリスの物価/北アイルランドで英語





~英国の言葉~

僕はロンドンで生活していた。生活、特に何もしないうちに時間は過ぎ、お金が消えていく。物価が世界で一番高いのではないかと思える。気がついたらお金がなくなっている。気がついたらクレジットカードの額がやばいことになっている。特に何もしていないのに、何にも贅沢なことをしていないのにお金がなくなっていく。

ロンドンは11月にもかかわらず寒い。日本の冬とたいして変わらない。僕は冬は好きだが、ロンドンの天気の悪い冬はもう嫌になっていた。また冬のため、日が暮れるのが早い。気がついたら暗くなっている。トラファルガー広場に出かけたり大英博物館に行ったりしたが、気分は乗らない。一日のサイクルも悪い。無駄に広くどこに行くにも交通機関が必要。僕はこの大都会がどんどんと嫌になってきていた。

値段が高いため常に安い宿を見つけては移動し、その間に物をなくし、宿においておいたパスタソースを盗まれ、パンを誰かに食べられ、変換プラグをなくし、パソコンをいれる袋をなくした。物をなくしまくっている自分のだらしなさが本気で嫌になった。ロンドンに入ってからいいことが一つもない。

宿を移動する交通費がすでに300円位する。普通に食事をすると800円位する。自炊しても高い。なぜかすべての食事がまずい。イギリスはご飯がまずいという定説は本当だった、そして、それを笑う余裕は僕にはなかった。 常にお腹は減っていた。

何もしないのにお金だけはなくなっていく。こんな国には二度ときたくないと心の底から思った。

ただただダラダラと、闇雲に、そして無駄に一切が過ぎていく中、はやくこの街を出たいという思いは募っていた。治験が終わり、僕はある程度見て周ったこの大都市にもう一切の魅力を感じなくなっていた。

だが、どこに抜けるか?それが今後の旅程を決める大事なターニングポイントになる。それを思うとまた僕は優柔不断になりルーティングに時間をかけていた。

何をやっているんだろう?いつも思うけど、僕は何をやっているんだろう?訳が分からなくなった。天気の悪さはそれを助長させた。いつも雨が降っている。一瞬だけ青くなった空は幻だったのだろうかと思えるほど毎日毎日灰色の空は続く。

・・・Yと関係を絶ったことにより、4月帰国をする必要がなくなった。後はお金の問題だけだった。

僕はキューバ・メキシコ・ボリビア・パラグアイで一緒だった旅仲間からドイツの治験情報を貰い、ドイツの病院に応募した。どうやら年末から事前検診でその後治験の流れになるようだった。僕はクリスマスにポーランドで約束があったため、クリスマスにポーランド・年末年始にドイツの流れにしようと決めた。

それまでの間どこに行くか。オランダ・フランス・スペインからモロッコに抜けてアルジェリア・チュニジアからイタリアに戻り、そこからポーランドに抜けるというルートを確定しようとしていた。治験がないとしても、このルートは以前から決めていたルートだった。

だが、僕は今英国にいる。グレートブリテン及び北アイルランド連合王国。僕は高校生のころから、今までずっとこの国の、英国の言葉、英語に興味を持っていた。勉強してはやめて、勉強しては挫折し、勉強しては飽きて、勉強しては言い訳を言って、、、、それを繰り返してここまで中途半端な英語でやってきた。

今、英国にいるということは僕にとって最後にして最大のチャンスなのではないだろうか?

そういえば10年来夢を見てきた。ヨーロッパにはたくさんの自分の夢がある。この1ヵ月半の間にイタリアという夢を叶え、フランスという夢を叶えた。イギリスという夢も叶えるべきなのではないだろうか?

「英語の発祥地で英語を勉強してみないか?」自分に問いかけてみた。

そう考えたとき、ふと思った。

「北アイルランドってなんだろう?」

昔、アイルランド紛争という言葉を聞いたことがあった。グレートブリテン島の横にあるアイルランド島、たしかケルト民族の国がアイルランドでイングランドに併合されて、その後に独立したが北の部分だけは連合王国に所属したままで、連合王国に所属している北アイルランドとアイルランドで紛争が起こっている。。。というようなことを思い出した。

おそらくここでも英国の言葉は話されているだろう。

それは直感だった。何も考えなかった。ルートだけは一番安くなるよう考えに考えたが僕は、北アイルランドのベルファストという街に行く軸はぶらさなかった。理由は一切なかったが、ベルファストに行こうと決めた。ここで1ヶ月ほど滞在すると決め、アイルランドのコークからポーランドのクラクフに行くチケットを取った。ベルファストからポーランドは異常に高く、また、僕は「アイルランド」という国にもいきたかったため、アイルランドで一番チケットの安いコークからのチケットとなった。しかもクリスマス前は値段が高くなるため、結局1ヶ月も滞在は出来なさそうだった。

こうしてイングランド(ロンドン)⇒北アイルランド⇒アイルランド⇒ポーランドの流れが決まった。

ベルファストへ飛ぶ飛行機を取ろうと思ったが高かった。LCCはいつも表示された値段にはならない。必ず事務手数料や荷物の料金で値上がりする。最初は30ポンドと表示されていたのにいつのまにか50ポンドにあがり、最後にクレジットカードのの手数料が10ポンドかかったとき、僕のイライラは頂点に達し、心は折れた。

ネットを駆使してベルファストに向かう安い方法を考えていると、どうやらリバプールからベルファストまでは船が出ているようだった。30ポンドほど、ロンドンからリバプールまでバスは9ポンド。安かった。

結局僕はリバプールに行き、そこからベルファストを目指すことになった。

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僕はロンドンを出るまでの間、毎日毎日ネットを使い、何時間も何時間も作戦を練った。

結果、僕は直感的に今までに見たことも聞いたこともない、アイルランドでもイングランドでもない「北アイルランド」にいき、学校にも行かず、何があるかも分からず、むしろ何もない可能性が相当高い状態で、英語を勉強することを決めた。どうやって英語の勉強をするか不明。友達がいないので英語を話すチャンスがあるのか不明。ネットで勉強するだけなら北アイルランドに行く意味皆無。地球上でも結構な高位置にある。つまり寒い。そして冬は日が暮れるのが早い。絶対に物価が高い。デメリットしか思い浮かばない。

でも、

お金がどんどんと消えていっても。
日本人おそらく皆無でも。
友達いなくても。
お腹へっても。
英語の勉強するとか言って北アイルランドの発音が綺麗かわからなくても。
むしろ北アイルランドって本当に英語を話すのかも若干不明でも。
緯度高いから本気で寒くても。
緯度高いからすぐに暗くなってテンションも下がっても。
絶対フィリピンでやった方が安いとしても。
オーストラリアで働きながら勉強した方が楽だとしても。
ネットに逃げる可能性大だとしても。

それでも、行こうと思った。ただの直感で。

こんな物価の高さで、あと1ヶ月もこの連合王国で暮らすなど正気の沙汰じゃない。だが、僕はやっぱりMだった。ぬるいお湯よりも熱いお湯が好きだった。そういえば去年もキューバで同じようなことを言っていた。そう思うとこの1年で何にも成長していない自分をニヒリスティックに笑った。だが、僕は自分を全く嫌いではなかった。

自分の計算できない直感的で、猛突する性格。そして物事に飽きっぽい性格、僕は人として完全完璧に駄目だということがわかりながらも、そんな自分と何年も付き合う事で、なんとなく自分で自分を許せるよようになった。

それはこの1年での成長と呼べるのかもしれない。

直感を信じてベルファストに向かうまで、僕はロンドンをダラダラと歩き回っていた。そんなロンドン最後の日、僕はライブモカで知り合った友達、ウィズニーと会った。彼女は働きながら学校にいっていて、相当に毎日が忙しいようだった。だが、今回僕のために時間を取ってくれ、僕らはビクトリアアンドアルバート博物館の前で待ち合わせをした。

今までの友達と同じようにハグをして、カフェで話をした。彼女は多少疲れていて、そんなに長い時間話すことは出来なかったけれど、あえないと思って諦めていた分、会えた喜びは大きかった。

英国の首都ロンドンで英国の言葉を話す。英国の人間の言葉を聞き、自分の英国の言葉を聞いてもらう。これは、僕が10年来叶えたかったことであった。小さなことかもしれないし、誰にでも出来ることなのかもしれないけれど、何故か僕は今までこれが出来ず、10年目にしてようやく叶えた夢だった。それは大英博物館よりも、ビッグベンよりも、ウェストミンスター宮殿よりも、ツインタワーよりも、どんなロンドンの観光地よりも大きな価値だった。

ベルファストに行くモチベーションはあがった。僕はまずベルファスト行きの船が出ているリバプールに向かった。

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