ロンドンの安宿





~ベッドバグ~

ロンドンは雪が降っていた。

空港で一泊した後、僕はネットで予約したバスに乗りヴィクトリア駅に向かった。眠い。空港ではあまりよく眠れなかったため早く宿に行って眠りたかった。

ヴィクトリア駅の辺りはいわゆるロンドンの中心部、東京で言うと丸の内のような場所。もう一度ロンドンを観光してもいいなと思ったが、どんどんと降り積もる雪と、真っ白な街の景色を見て、その考えは断念せざるを得なかった。

ヴィクトリア駅の中をうろつき、結局地下鉄で宿に向かうことにした。宿は地下鉄Dollis hill駅の近くにあるため、1度乗換えをしてまずはこの駅に向かった。この駅はちょっと遠いところにあるため4.5ポンドした。日本円で600円前後。この異常な交通費の高さは相変わらずだった。

Dollis hill駅構内の地図を見て宿の場所を確認し、やむ気配がない雪のなかを歩いた。宿は以外にも近くにあり、僕はパソコンが雪にぬれるのがいやだったため、宿を見つけるとダッシュで駆け込んだ。

宿ではクレジットカードを受け付けてくれず、結局近くのATMでしぶしぶ現金をおろした。僕は出来るだけイギリスでの滞在費を抑えようとして、近くのスーパーでパスタ2袋とパスタソース2缶を買った。スーパーの経営者らしきパキスタン人の親父は親切に笑いながら対応してくれた。

これで2日分の食事をまかなわなければならない。病院でぬくぬくとお腹一杯に食べていた日々から一転、さびしい食事になった。

宿の雰囲気は決してよくなかったが、これまでもヨーロッパ各地で多くの雰囲気の悪い宿に泊まってきたため、たいして気にしなかった。

僕は夜まで何もせずに疲れ果てて眠った。



夜中、全身のかゆみで起きた。寝ぼけていて自分の体に何が起こったのかわからなかったが、お腹も、足も、手も、とにかくかゆかった。

・・・虫?

ここは・・・・インドか?

イギリスという先進国でこんなことがあるのかというイライラというよりはむしろ驚きに近い感情が芽生えながら、僕はバスタオルを強いてセーターを手のひらまで伸ばしとにかくマットと地肌がくっつかないようにした。

すでに料金を支払っているため、もう一泊するしかなかった。あと一泊すれば次の日は空港に泊まれる。

1泊目空港
2泊目虫の出るベッド
3泊目虫の出るベッド
4泊目空港

と旅行としてはありえないほどハードな、考えられないほど馬鹿げたこの日程はもはや罰ゲームでしかなかった。

「そうか、これは罰ゲームなんだ。空港から市内へ行くバスの料金も罰金なんだ。ベッドに虫が出るのも雪で外を歩けないのも、宿でネットが全然繋がらないのも罰ゲームなんだ。治験をやることでオーバーステイになる罰金を格安にしてもらう代わりに体がかゆいという罰を受けているんだ。だからこれは当たり前なんだ。大丈夫大丈夫」

・・もはやポジティブなのかネガティブなのか全く分からない、むしろ精神の病みといえるほど僕の頭は混乱していた。

僕はこの降りしきる雪と、物価の高さと、英語でベッドバグという虫に完璧にやられ、イギリスの首都ロンドンでまったくと言っていいほど何も出来なかった。早くドイツの病院に帰りたいとすら思っていた。

そんな中、最後の夜、空港に到着した。ここで眠れば朝には搭乗時間になっている。

ようやく病院に戻れると安心し始めているとやけに人が多いことに気がついた。ライアンエアーのカウンターには長蛇の列が出来ていた。

インフォメーションセンターの人は、雪のためすべてのフライトがキャンセルされたと教えてくれた。

「エブリフライトイズキャンセルド」
そうか、エブリフライトか・・・エブリフライト、、、エブリフライト!?

僕は自分のフライトまでキャンセルされることに不安を覚えた。もし次の日に病院に戻れなければ投薬が出来ない。もし治験を中止されたら、、、お金が入らない、、、、と不安になったが、考えるのはやめようと思った。

空港は人であふれ、みんながパソコンや携帯の電源を確保するため、また眠るための椅子を確保するため必死だった。僕はその競争に遅れ、結局床で眠ることになった。だが、途中目覚まし時計が壊れていることに気づき、眠ったら起きれないなと思いながらフライトがキャンセルされたらどうするかを考えているうちに4時ごろになっていた。どうやらデュッセルドルフ行きのフライトは問題ないようだった。フライトの時間まであと3時間。荷物検査やゲートまでの移動を考えると眠ることは出来なかった。

この日が今年1番の不幸でありますようにと願い、僕は眠気を抑えながら搭乗口で長蛇の列にまぎれて並んでいた。

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