エルサレムの安宿、イブラヒムおじさんの家





~イブラヒムおじさんの家~

エイラットのバスターミナルは都会のリゾート地だった。僕はここからバスに乗りエルサレムを目指した。

エイラットからエルサレムの道は常に砂漠だった。バスの中はエアコンが効いていたが外に出ると熱さは尋常ではなかった。

「エルサレムはイスラエルの首都だが、ヨルダンとパレスチナもエルサレムの領有権を主張しており、諸外国はエルサレムをまだイスラエルの首都とは認めていない」、7年前にこの国に来たときにこんなことが地球の歩き方に書いてあるのを思い出した。「エルサレムからエイラットは確か4時間くらいだったかな」と徐々に7年前の記憶を思い出してきていた。

記憶は正しかった。約4時間でバスはエルサレム市外に入った。それはあの岩のドームが見えた瞬間に分かった。あんなに大きくて、金色に光るモスクは世界中探してもこの街しかない。僕の胸は高揚感に包まれた。

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バスターミナルに下り、僕はこの旅でほぼはじめて、自分から日本人バックパッカーに声をかけた。彼らは男女で旅をしていて、そのまま一緒に日本人がよく行く安宿に行くことになった。

彼らは共に僕よりもベテランの長期旅行者だった。その割りにすれているわけでもなくとても感じのいい二人組みだった。僕は中南米を離れてから、段々とバックパッカーと絡むのが嫌にならなくなってきていた。

「イブラヒムおじさんの家」というところがエルサレムで有名な宿のようだった。7年前、ファイサルという宿に泊まったが僕は詳しい場所を覚えていなかったので、僕は普通に彼らについていった。

どうやらここは宿というよりも単純にイブラヒムというおじさんの家を旅行者に貸し出している場所のようだった。しかもすべてドネーションでご飯もただで食べれるということだった。

セントラルステーションから7年前はなかったトラムに乗り、ダマスカス門についた。ダマスカス門は懐かしかったが僕はおなかが減っていて懐かしがっている余裕はなかった。ここからさらにバスに乗り、10数分で家に着いた。ここが地図上のどこなのかは全く分からず、地図自体も持っていなかった。僕は完全にすべてに流された。

宿に行くとパレスチナ人のような、昔アラファト議長が頭に巻いていた赤いターバンをしたおじいさんがやってきた。彼がイブラヒムおじさんらしい。おじさんというよりはおじいさんという表現が似合う人だった。

彼が何故、ドネーションのみで、家を旅行者に貸し出しているのか?何故毎日旅行者に料理を作ってくれて、Wifiも無料で、洗濯もできて、こんなに快適なのか?全く理由はわからなかった。ただ、壁に貼ってある写真を見て、他の日本人の人の話を聞いて、どうやら国籍はないらしいが各国の政府に呼ばれて講演をしているということは分かった。もしかしたらダライラマのようなすごい人なのかもしれないが、詳しいことは全く分からなかったし、聞いてもあまり答えてくれなかった。

彼は毎日、というよりも旅行者と顔を会わす度に必ず「ウェルカム!!イート!!ドリンク!!」と大きな声で言った。極端に考えれば無料で泊まっている旅行客にこの3つのワードを何の見返りもなく言えるということが、バックパッカーとして常にお金の計算をして、自分のために動いている人間にとって、どれだけすごいことかと思い、自分自身が恥ずかしくなった。

大きな声は毎日、一日何回も続く。顔を合わせるごとに「ウェルカム!!イート!!ドリンク!!」と大きな声で叫ぶ。多分、誰が誰だかわかっていない。ただ、目が合った人全員にこの言葉を叫ぶ。
何がすごいのかわからなかったが、このおじいさんは、僕の中ですごい人だった。講演しているとか国籍がないとかそんなことは関係なく、誰にでも、どの国籍の人間にもこの3つのフレーズを気兼ねなく叫ぶ。その姿は異様であり、すさまじいものであり、素晴らしいものだった。

僕は世界の7不思議に入りそうなくらい不思議な宿で多くの日本人に囲まれながら、過ごすことになった。

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僕はエルサレムを楽しみにしていた。一度来たことがあるというものの、この街は僕にとって、もっとももう一度来たいと思っていた街の一つだった。僕は今回の旅において、地球の歩き方に沿って見所を見回ることはせず、、見所の綺麗な写真もそんなに一生懸命撮らず、知識もそこまで得ようとしなくなっていたが、このエルサレムとあと2つの街だけは、知識を十分に入れて、綺麗な写真を撮り、地球の歩き方に沿って一つ一つじっくりと見てまわりたい場所だった。

ここだけは旅ではなく観光旅行にしたかった。僕は2、3年前からローマ帝国に興味を持ち塩野七海の本を読んだりしていた。その僕にとってエルサレムは常に心を満たす場所であり、時には恋焦がれる思いをさせてくれる街だった。

僕は宿のバックパッカーの人の地球の歩き方をコピーさせてもらい、観光を始めた。

イブラヒムおじさんの家がどこにあるか分からなかったが、Zurimの丘から岩のドームが見えた。あそこが旧市街なのだろうと推測ができた。とりあえず岩のドームを目指して丘を降りた。

丘を降りて岩のドームを目指して歩いていると、一つの教会が見えた。

マグダラのマリアの教会

あれは・・・マグダラのマリアの教会だ。

あの教会を見たとき、僕はエルサレム旧市街のことをなんとなく思い出した。

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