古都トレド





~古都トレド~

旅の目的を達成した僕は、マドリッドで飲み続けていた。毎日毎日のようにスペイン人と一緒にバーでビールやワインを飲んでいた。もう何日飲み続けているのかわからない。ただただ、毎日毎日飲み続けていた。スペイン語を話しながら、時々相手が何を言っているかわからないのをごまかしながら、堂々と笑顔で毎日飲み続けていた。

スペイン人は明るかった。みんな笑ってビールやワインを飲み、楽しそうに生きている。だが、僕はこの明るさに慣れつつあった。旅のはじめにスペインに来ていたら印象は違っていたかもしれない。だが、僕はすでに人生において中南米という場所に行っている。スペインは確かに楽しいが、中南米のようなインパクトはない。

ヨーロッパのカウチサーフィンでの出会いはあくまでも旅人としての一時的な出会いになるとヨーロッパを旅して気がついた。中南米とは明らかに違う。あくまでも一定の距離を持った大人としての出会い、中南米のようなガツガツした感じはない。彼らはどこか洗練されている。確かにスペインはヨーロッパの中では陽気でラテン特有のノリはある。だが、それはあくまでもヨーロッパの中の常識の範囲内でのことだった。中南米はその常識を超えるわけのわからないインパクトがあった。

飽きが来ているのは間違いなかった。単純にアルコールを毎日飲み続けている疲れもあったのかもしれない。一つの目的を達成して脱力感に襲われているのかもしれない。いずれにしても僕は訳がわからなくなっていた。訳がわからず酒を飲んでいた。

中南米は楽しかったなと過去を懐かしんだ。でも、それは明らかに思い出補正だった。この旅を終えて日本に帰った後、僕は絶対に「スペインは楽しかったな」と思い出補正をかけることを確信していた。「今を、今を楽しんでください。」と僕が好きなアーティストがライブ中に言ったことを思い出した。

僕はただ幻想を抱いているだけなのかもしれない。僕は自分の脳内で中南米がただただユートピアのようにすべてが幸せなのだと思っているだけなのかもしれない。あのころはあのころで色々と考えた。それでも今は最高の思い出になっている。ユートピアはどこにも存在しない。

僕は毎日のように訪れる幸せな出会いの疲れを癒すため、一人でトレドに向かった。トレドはマドリッドから往復15ユーロ前後でいけるスペインの観光地。僕はとりあえず地球の歩き方を見てよくわからないけどとりあえずトレドに行ってみようと決めた。

45分ほどでトレドに着いた。あまりの近さに驚きながらバスターミナルを出て、バスターミナルからセントロに向かって歩き始めた。トレドのセントロはエルサレムのように、丘の上にあり、雰囲気もどこかエルサレムに似ていた。トレドはローマ帝国が滅びイスラム王朝に征服されるまでの間、イベリア半島にあった王国、西ゴート王国の首都である。その後の歴史ではたいした繁栄もなくただの一地方としての歴史を歩んできた。

トレドのセントロは文化が1500年前でとまっているような古都の雰囲気をかもし出していた。僕ははぁはぁいいながら小雨の降る中、セントロに登った。セントロにある展望台のようなところから景色を見下ろすと、トレドという街が平野に囲まれているのがわかる。平野に囲まれた、丘をそのまま街にしたようなつくりだった。

僕はそのままセントロからタホ川の南側にある高台に向かって歩いた。一度セントロの丘をおり、橋を渡って南に向かってタホ川のほとりを歩いた。雨は一向にやむ気配はない。小雨はどこまでも降り続いていた。

高台はかなり遠いところにあった。地球の歩き方の写真はおそらくこの高台から撮ったものだろうと思われた。僕はこの景色がどうしても見たくなった。かなり遠く、本当にこの方角であっているのかもわからなかったが、とりあえずタホ川に沿って南側に歩いてみた。上り坂が続く。登り坂が続くということはおそらくトレドの全景が見えるはずだと期待しながら登り続けた。

徐々にトレドの全景が見え始めた。

完全に登りきると野外レストランのような場所にたどり着き、僕はその横にある高台でトレドの全景をずっと眺めていた。雲は晴れないものの、雨は止んでいた。

トレド

トレドの全景はまるで絵のようだった。

スペインだ。ヨーロッパで一番すごい観光地がある国はスペインだと確信した。タホ川から見えるトレドの風景は今まで見てきたどの都市よりもすばらしかった。

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トレドからマドリッドへも同様に、45分ほどで到着した。僕はエステルと「熊のモニュメントの前」で待ち合わせをしていたがトレドからマドリッドに行くバスがなかなか来ないため時間に遅れると連絡した。すると、彼女は雨にぬれるのが嫌だから家に帰るといい、僕はそのまま彼女の家に帰った。

彼女と僕は家の中で静かに話をした。笑いがほとんどないこのささやかな会話は、僕にとって大切なスペイン語での会話だった。

ヨーロッパにはヨーロッパの良さがある。中南米のようなインパクトはなくてもこの洗練されて落ち着いた雰囲気がある。中南米にはない長く続くヨーロッパの歴史というものがある。中南米とヨーロッパはまったく違う。お互い良いところも悪いところもある。その良さをいかに自分の中で引き出せるか、ないものを嘆くよりあるものをどうやって楽しむか、そのほうが重要だと考えた。

中南米のときも思った。飽きるまで、嫌になるまでその国やその地域にいることができたのは幸せなことだと、僕は今、この瞬間を楽しんで飽きて飽きて本当に嫌になるまでスペインを堪能しようと決めた。

それに、、、、楽しいだけでは駄目なのだ。

僕は、多少苦しくてもメリハリが効いていて使命感のようなものを持った生活に憧れを持ち始めていた。

僕は毎日毎日ビールとワインを飲んでいた。その楽しい瞬間を大切にしていた。その瞬間に感謝した。だが、いつの日か、この楽しいだけの日々を卒業し、次へ進むことも夢見ていた。

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