エルサレム旧市街





~聖地エルサレム~

マグダラのマリアの教会を見た瞬間、僕は7年前を思い出した。

オリーブ山にはこの教会を含めて数多くの教会があり、そこから見える岩のドームの景色は、絵葉書のような美しさだった。そしてこの山ももちろん、キリスト教・ユダヤ教にとっての聖地であり、多くの歴史遺産が残されている。

僕は山に登り、地球の歩き方を熟読しながらオリーブ山にある一つ一つの教会を見て周った。

オリーブ山はイエスキリストが磔にされる前に祈りをささげたゲッセマネの園や涙を流したことを記念して立てられた主の祈りの教会、ロシアの皇帝が立てたマグダラのマリアの教会、その他にも数々の教会がある。

万国民の教会

岩のドームの夕日

ゲッセマネの園

この街、エルサレムだけは自由でふらふらする感じにしたくなかった。ここだけは綺麗な写真をとって、地球の歩き方を読み込んで、勉強しながら見てまわりたかった。ガイドをつけてもいいとすら思った。この聖地だけは旅行として、しっかりと見て、自分の目に焼き付けておきたかった。

次の日も次の次の日もその次の日も、僕はエルサレム旧市街を見てまわった。エルサレム旧市街だけを僕は集中的にみようと思った。7年前に行ったラマラや死海には行かないと決めた。一度いった場所には基本的には二度と行かない。二度行きたくなる場所は本当に好きなところ、と心の中で決めていた。

僕は、ヴィアドロロサでキリストが歩いた道を歩き、聖墳墓教会でイエスの死んだ場所を訪れ、ダビデの塔に登り、7つあるすべての門を見て周って写真を撮った。ダビデの紋章である六芒星 を見たときに自分はイスラエルにいると感じ、そしてその写真をとることが幸せだった。今までこんなに写真を撮ったことはなかったし、綺麗な写真を撮ろうと思ったこともなかった。

ゆっくりと、でも、確実に地球の歩き方の主な見所を一つ一つ見てまわり、歴史を感じた。聖書の時代からダビデ・ソロモンの時代、アレキサンダー、ローマ帝国、イエスの誕生、ビザンツ帝国、イスラムの支配、現代のパレスチナ紛争・・・数々の宗教的歴史を経てこの街が存在しているというその事実は僕に感動すら与えた。ここはすべての存在が遺跡であり、その遺跡は今も日常的に使われている。そんな場所に自分が存在していることが嬉しくてしょうがなかった。

エルサレムの教会は時間が決まっていて中に入れないこともあったが、その時はタイミングを見計らって違う日にいった。とにかく、歩き方に載っている場所だけは全部訪れたかった。こういう考え方は僕にとって海外旅行をし始めたとき以来のものだった。むしろ普段僕が絶対にしないスタイルだった。

僕は長期旅行者としてはありえないペースで多くの教会を周った。

エルサレムはユダヤの聖地でありキリストの聖地でありイスラムの聖地。宗教が好きな僕にとってここは自分の欲を満たすための最高の場所だった。この旧市街のローマ風建築と岩のドームの美しさは僕の胸を恍惚とさせた。

エルサレム旧市街

エルサレム旧市街

エルサレム旧市街

エルサレム旧市街

エルサレム旧市街

エルサレム旧市街

エルサレム旧市街

エルサレム旧市街

僕はなぜか教会にはいると座ってしまい眠ってしまうこともあった。それは暑い気候の中ずっと歩き続けているからなのかこの聖地にパワーを吸い取られているからなのかはわからなかった。

嘆きの壁は7年前と同じように敬虔なユダヤ教徒でいっぱいだった。日本で普通に生きていればテレビやパソコンの画面でしか見ることができない世界。中世ヨーロッパのような真っ黒な紳士服を着て髭を伸ばし、ハットをかぶり、聖書を読み祈りを捧げているその姿は健在だった。

嘆きの壁

嘆きの壁

毎日エルサレム旧市街を堪能した後、夕方にはイブラヒムおじさんの家に帰った。なぜかこのあたりは治安が悪く、子供たちに襲われそうになったが、なんとか毎日バスを使わずに帰った。灼熱の太陽の中、歩き周り、イブラヒムおじさんの家の野菜中心の食事をすることで僕は自分が心身ともに健康になった気がした。

夜はネットでこの街の歴史を調べた。調べれば調べるほどわからなくなっていった。そして時間もあまりなかった。この宿は多くの日本人がいて彼らと話すほうが僕にとって楽しかったというのもあった。

中南米で日本人と絡むことをかたくなに拒否していた僕はユーラシア大陸に来てたった数日で考え方を180度変えた。

イブラヒムおじさんは相変わらず謎めいたまま「ウェルカム!イート!」を繰り返していた。

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