キューバ旅行記/キューバの闇宿



〜アンオフィシャルな人たち〜

ハバナで航空券を1ヶ月延長してしまったため、ツーリストカードも延長しなければならなかった。キューバではツーリストカード保持者は1ヶ月までの滞在が許可され、さらに1ヶ月の延長ができる。

イミグレで延長手続きをするためにハバナに戻ることをカルメン婦人に伝えると彼女はトリニダーにもイミグレがあり、延長手続きができるということを教えてくれた。彼女にイミグレの場所を教えてもらい延長手続きをとる準備をした。もし、トリニダーで延長手続きが出来るのなら、もう2週間ほどここでスペイン語の授業を受けたいと思っていた。

「イミグレで延長の理由を聞かれたらどう答えるかわかるよね?」

・・・イミグレの場所を教えてもらった後、彼女は笑顔で聞いてきた。

「観光・・・・でしょ?」

僕はすぐに理解した。「スペイン語を習っているから」とイミグレで言ってはいけない。僕は学生ビザを取って学校に留学しているわけではない。ただ個人的に大学教授にスペイン語を教えてもらっているだけである。僕が支払っている一日15CUC(約1200円)というお金はカルメン婦人のポケットマネーであり、現地物価で換算するとかなりの値段になる。

インドやバングラデシュでも同じようなことがあった。ビザを延長するときは「ボランティア」とは絶対に言ってはいけない。「ボランティアをしている」ということをイミグレで国の役人に対して言うということはその国の政府にとっての挑戦であり、なおかつ不法労働を思わせてしまう。必ず「観光」と言わなければならない。

・・なんとなくキューバの事情が分かった。僕に個人的に授業をし、外貨を得ることは彼女にとって大きなビジネスなのだ。僕はハバナ大学という国立大学の外国人向けスペイン語コースと同じだけの金額を個人に支払っているのである。それは国には絶対に知られてはいけない。

だが、そんなことは僕には関係なかった。安く質の高い授業をしてもらえれば公的機関であろうがプライベートな家庭教師であろうがどうでもよかった。むしろハバナ大学に留学して複数の生徒に講義という形を取られるよりマンツーマンで授業をしてくれる方が都合がいい。お互いにとってメリットは大きかった。



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イミグレに行ったがツーリストカードの期限が切れる5日前にならないと延長はできないと言われ、延長に必要な書類を教えてもらった。パスポート、海外旅行保険のカード、25CUC分の切手、カーサのレシート、、の4つであった。ナショナルバンクで切手を買い、ダマリスにレシートをもらいたいと告げた。

ダマリスはレシートを用意し、レシートにサインをするように言われたが僕が実際に泊まった日付が間違っていた。日付が間違っていると指摘すると彼女はいいからサインをしろというような仕草をしてきた。日付が間違っているのにサインはできないと言うといいからサインをしてくれと言ってくる。

サインをしてくれ。サインはしない。という押し問答は10分ほど続いた。サインはしないと抗議し続けると彼女は事情を語り始めた。

彼女は1ヶ月間カーサの仕事を休むと政府に届けを出していたのに僕を家に泊めていた。僕が泊まった10日分のお金は政府に支払われることなくすべて彼女のポケットマネーになり、彼女はこのお金でカーサをリフォームしていた。僕は10日間、政府公認でない宿に泊まっていた事になる。

ちょうど前日で休みの期間が終わり、この日から政府公認の宿に戻っていた。つまり僕は公的にはレシートをもらったこの日しかこの家に泊まっていないことになる。「これまでの10日間どこに泊まっていたのかとイミグレで聞かれたらどう答えればいいんだ?」と尋ねると「そんなことは99%聞かれないから大丈夫!」と彼女は笑いながら言った。

彼女の笑顔にごまかされながら僕はレシートにサインをした。

僕は何にも知らないままこの街で10日ほどアンオフィシャルな宿に泊まりアンオフィシャルな先生にスペイン語を習っていた。



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数日後、イミグレで延長手続きを取った。若い女性の入国審査官は何にも聞かず笑顔で1ヶ月の延長をしてくれた。グラシアスと大きな声で言い街へ戻った。カルメン婦人もダマリスも「よかったね!」と言い、一緒に喜んでくれた。僕がまだこの街にいるから喜んでいるのか、さらにお金が入るから喜んでいるのかは分からなかった。

いずれにしても僕はこれから2週間ほどこの訳の分からない街でアンオフィシャルな先生にスペイン語を習い、これから1ヶ月ほどキューバという訳の分からない国で暮らすことになった。

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