キューバの給料、社会主義の国



〜キューバ人と外国人〜

カルメン婦人のスペイン語レッスンは会話へと変わっていった。もはや授業と呼べるのかも分からない。ただ、彼女の家に行き、彼女と話し、彼女の旦那が加わり、彼女の息子が加わり、娘が加わり、とりあえず話をする。彼女の一家はインテリだからか、日常会話から始まり、主に経済、社会、政治の話になる。

工事が忙しいのか、ダマリスの家の住人はこの怪しいハポネスと会話している余裕がなくなっているようだった。僕は徐々に、授業が終わってからもカルメン夫人の家に居座るようになっていった。彼女の家族はそれを温かく迎えてくれた。

この一家は知的好奇心が強く、日本社会のことをよく質問してくる。
日本ではどういう言葉を話すのか?
日本語と中国語は違うのか?
日本では給料はどのくらいなのか?
日本では普通、家族は祖父母と一緒に暮らすのか?
日本の宗教は何になるのか?

そしてアメリカ合衆国政府が嫌いだということ、アメリカ合衆国はもうすぐ終わるということをよく言う。

この家族と話すことによって日本のことを分かってもらえると同時にキューバのリアルな面がどんどんと見えてきた。

キューバと日本の経済格差はすさまじい。僕は話したくなかったのに彼女の家族は給料の話をしてきた。「日本では普通、給料の話はしない」と言ってこういう話はやめようとしてもキューバでは給料の話は非常に大切だと言って彼女は話を続けた。

その話はリアルで、心を痛めるものだった。聞きたくなかった。

大学教授である彼女の給料は800人民ペソ、兌換ペソに換算すると32CUC、日本円にすると2500円程度である。大学教授がこの給料なのである。そしてこれはキューバの中で、医者などと同じくらいかなり高い給料であることを彼女は言った。

そしてキューバが他の国と違うのは、お金をもうけるチャンスがないのである。

キューバという社会主義国においては働く場所、物資を買う店が決められている。外国人は外国人専用の店で兌換ペソで買い物をする。キューバ人は人民専用の店で人民ペソで買い物をする。なので他のアジアの国と違って外国人にとって物価は安くない。

この国は社会主義国。つまりみんなが平等に生活する・・はずの国。

が、見事に平等ではなくなっていた。なぜならばこの国は社会主義国でありながら観光立国だからだ。観光立国であるということは当然外国人が沢山来る。外国人が来れば外国の情報が入る。外国の情報が入ればこの国と他の国の経済格差を国民が知る。そして外国人から国にばれないようにお金を手にする人間だけが金持ちになっていく。

この国で一番のお金持ちは外国人相手の商売をしている職業だとカルメン婦人は言った。考えてみれば当然のことだった。僕はカルメン夫人に300CUCを払っている。これは彼女の年収に近い。外国人から如何に秘密裏にお金を取れるかがこの国においては金持ちになるチャンスなのである。

ただ、この国の医療水準は高いとカルメン婦人は言った。医療や教育はほとんど無償である。基本的な食料品はかなり安く購入できる。贅沢品を買わなければ普通に働いて普通に生活できる。が、それは外国を知らなければの話である。外国の情報が入れば外国人がこの国に比べて贅沢な生活をしていることを国民は知ってしまう。

この国の人たちはみんな必死に働いている。そしてお金に異常にシビアである。経済格差がなければもっと彼女ら仲良くできるのだろうと思うと悲しくなる。アジアの発展途上国ではまだ金持ちになるチャンスがあるがこの国にとって何よりも不幸なのは国が国民にチャンスを与えていない。国にばれないように動くことが金持ちになる一番の近道になる。

ダマリス一家もカルメン婦人の家族も家の近所の人も、キューバにはお金がないといつも言う。日本にはお金も物もあると言う。外国人に対していつもそういう話を明るく、ストレートに言う。冗談なのか本気なのかも分からない。

確かにキューバ人は明るい。でも、そんなに幸せそうには見えない。いつもいつも物資がなくて苦労している。古い壊れそうなソビエト製のテレビや冷蔵庫やミキサーを使っている。

この国には圧倒的に物がない。日本には当たり前にあるもの、はさみ、ホッチキス、トイレットペーパー、紙、ノート、、、でも、外国人が普通に旅行しているだけではそれは分からない。僕ら外国人は日本と同じかちょっと安いくらいの値段で買うことができるからだ。それが辛い。彼女らと同じ生活をしようとしてもそれは不可能だった。彼女らは僕が日本人であることを知っている。そして日本人がどれだけお金を持っているかを今まで訪れた旅行者と話をすることで知っている。

僕は日本でお金がすべてではないと思い続けてきた。でもそれは、お金があるから言えることだった。

この国に長く滞在し、現地の人たちと話をすればするほど、この国の暗い部分が見えてくる。ここにいていいのかな?と思う。彼女らは僕がお金を持っていることを知っている。それでいて盗んだり脅したりしない。もし脅してお金を取れば家族が一生食うには困らないだろう。考えれば考えるほど悲しくなる。

いろんな国を見てきて、色んな経験をしてきて、色んなことに慣れてきたけれど、これだけは慣れない。そしてこれだけは慣れたくない。

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