アルゼンチンホームステイ



〜男として〜

ラウラさんは僕のわがままを何でも聞いてくれ、咳をしていれば背中をさすってくれ、夜寒いといえばアンカを買ってくれ、食事を作ってくれ、いつも「紅茶かコーヒーはいる?」と聞いてくれる。申しわけないくらいにいい人だった。そしてある程度年齢も上で、落ち着いていて頭のいい人だった。それでも時々子供のような冗談を言って僕を笑わせてくれた。僕は彼女の前で常に冗談をいい、彼女は大爆笑する。僕らは段々と兄弟のような感じになっていた。本当に姉のように僕の面倒を見てくれる。いつもいつもラテンアメリカの人たちはなぜこんなにもいい人が多いのか?僕になぜこうもよくしてくれるのか?不思議でしょうがなかった。

多くのラテンアメリカの女性がそうであるように、彼女もまた、人と人との距離が近かった。僕はもう7ヶ月もこの大陸にいることでそれは慣れていた。おはようといっては頬と頬を合わせてキスをし、ハグをしあう。ただいまでも同じ。おやすみでも同じ。中南米の人たちはいつでも親子でも兄弟でも友達でもとにかく距離が近い。

恋人でもないのに僕らは部屋の中で当たり前のようにくっつきテレビをみたりする。これは傍から見たら恋人同士に見えなくもないが、中南米ではこれが当たり前なのだ。そう思うと文化の違いを感じる。日本でベシートをすることはおろかハグをすることすらほとんどない。

だが、僕は女性と二人きりで一つのマンションにいる。これはこの旅で初めてだった。彼女はいつもいつもくっついてくる。それが中南米で、アルゼンチンで当たり前なのはよくわかっているし僕も根が甘えん坊なせいか、女性と距離が近いのは嬉しいと感じる。そして中南米式に自分からも同じようにくっつく。

だが、こうなると大人として、男として、我慢しなければならないことがあった。恋人にならない人と、愛していない人とそういうことをするのは絶対に嫌だった。だが、やっぱり僕は男だった。男としての本能を抑えることはできるが、本能を消すことは出来ない。

アルゼンチンで金髪の美人と二人で暮らし、なおかつ毎日体が密着している。日本人の男の人からみたら、うらやましい話なのかもしれないが僕にとってはまったく嬉しいものではなかった。

彼女にあまりくっつかないように言った。本能を消すことが出来ない以上、刺激を与えないようにしたかった。
「あんまりくっつくと我慢できなくなるから。あなたには当たり前のことかもしれないけど、日本人にとって恋人でもないのにこんな風に男女が二人で暮らしてこんなに密着することってないから。」

男としてここまで嬉しいことと辛いことが同時に起こることもないだろう。

すると彼女は言った。

「我慢しているのはあなただけじゃないのよ。」

・・・

・・・

??????

これは話が違ってくる。

僕はその瞬間一気に彼女から離れた。そして「僕には日本に好きな人がいる、それに、例え好きな人がいないにしてもワンナイトラブのようなことは絶対にしないと数年前に誓った。」と伝えた。

彼女は年齢を重ねてなおかつ頭のいい人だった。僕のことを完璧に理解してくれた。
「ここでそういう関係になったらあなたもわたしも後で絶対に後悔するわ。」そう言って冷静になった。

メキシコでも同じような事があったのを思い出した。中南米の女性はみんな情熱的で積極的だ。

この言葉の後、僕らはほんの少しだけくっつくのを抑えるようになった。それでも毎日のハグとベシートは続いた。これはもうラテンアメリカ各地で赤ちゃんからおばあちゃんまで、500回以上やっているせいか、慣れていた。

日本ではあきらかにおかしいくっつくという行為はラテンアメリカでは当たり前のものだった。だが、逆に考えると、これは日本では当たり前のものではない。

僕は日本の感覚を完全に失っているのだと再認識した。

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