チリホームステイ



〜ぼろぼろの手紙〜

初めは緊張していた家族もいつのまにか完璧に僕を受け入れてくれるようになり、僕は今までのどこの家よりもホームステイをしている感じがしてきていた。

柄にもなく僕はこの家族に日本食を作った。家族はどうしても日本食が食べたいというので、普段ほとんどレトルト的なものしか自炊しないのにもかかわらず、ある程度手の込んだものを作ろうと考えた。何を作ろうかをネットで調べ、結局一番簡単そうなしょうが焼きを作ることにした。

ネットで作り方を調べ、醤油としょうがを買いに行った。それ以外のものは家にあるもので出来そうだった。チリには沢山の中国料理の店があり、中国の材料は簡単にそろえられた。だが、日本の醤油は手に入らなかった。

家に帰り、タマラと一緒にご飯を炊き、肉を焼いてしょうが焼きを作った。途中、僕はご飯を炊くのに失敗し、タマラは爆笑した。僕も一緒に爆笑しながら作り直した。お母さんとお父さんとソフィアは出かけていて、帰ってくるまでに作るはずが全然できていなくて、空腹の彼らはちょっといらだっていた。僕は申し訳ないと思いながら調理し、これで美味くなかったらどうしようと不安になったが、家族は大きな声で美味しいと言ってくれたので一安心した。

次の日も、タマラと、そして家族との交流は続いた。お父さんはサンチャゴの観光地である博物館と、キンタノルマルという大きな公園に連れて行ってくれて、なぜか英語で僕に解説してくれた。英語は全然わからなかったけど、こういうホスピタリティーに胸がほっこりした。僕は自分の年齢を完全に忘れて、タマラと一緒にはしゃぎながら公園を散歩していた。

こんな楽しい思いでもいつの日か終わってしまう。サンチャゴを出なければいけない日はやってきた。今まで色んなところに行き、色んな人と色んなことをしてきた。だが、ここはどの思い出にも負けないくらい、楽しくて楽しくてしょうがない日々だった。

お父さんは仕事に行ってしまい会えなかったが、わざわざ家に電話をしてくれて、別れの挨拶をしてくれた。僕はお母さんとソフィアとハグをして記念写真を取って、泣きたくなるくらいに親切だった家族と別れを告げた。

タマラはバスターミナルまで見送りに着てくれた。時間があったので、僕らはセントロのレストランでウニを食べ、カテドラルの前の広場で話をしていた。僕は彼女に手紙を渡した。彼女はとても喜んでいた。タマラはいつの間にか僕のことを好きになってくれていたようだった。僕に何回もベシートをしてきた。ラテンアメリカでハグやベシートをすることは当たり前だと何度も自分に言い聞かせても、彼女のベシートはちょっと違う感覚がした。

僕は旅をしなければならない。これは義務ではなくて、僕の衝動なのだ。でも、何度も何度もホスピタリティーを受けて、自分のことを好きになってくれて、そして自分が好きな人と別れるのは辛い。本当に辛い。何回こんな辛い思いをしてきたのだ?そしてまた、ここを離れるのは本当に嫌だった。心が折れそうになった。もう嫌だった。

人との関係が薄ければ、こんな辛い思いをしなくても住むのだろう。とも考えた。それくらいに離れたくなかった。でも、でも、僕は自分がやりたいことをやっていきたい。その思いは強かった。その思いには勝てなかった。

僕はこの人達のように、人に親切にしているのだろうか?この人達と同じだけの、ホスピタリティーを持って人と接しているのだろうか?どう頑張ってもこの人達のホスピタリティーには勝てない。なんどありがとうと言っても自分の感謝の気持ちは伝えられない。

でも、出会わないよりも、薄い関係になるよりも、絶対に出会って仲良くなった方が何百倍もいいということは分かっていた。



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バスターミナルに向かった。別れの時がきた。僕は彼女と一緒に座りながら話をしていた。彼女は何回もベシートをしてきた。このベシートが辛かった。

バスが出発する直前に彼女は「これ以上一緒にいると泣いちゃうから」と言った。だが、彼女はすでに泣いていた。必死に泣きそうになるのを我慢しているのが伝わってきた。僕は彼女と固いハグをして、そして彼女は僕にベシートをして、最後に手紙をくれた。手紙はぼろぼろのノートに書かれていた。全然綺麗じゃない。でも、僕はどんな高価なものよりも、どんなに飾られたものよりも、こういう心のこもったものがほしかった。心のこもったプレゼントに勝てるものはない。

どんなに辛くても決して後ろは振り返らない。旅を続けようと固く決心をした。

もはや彼女は生意気なチキティータではなく、本当に純粋で素晴らしい人に変わっていた。僕を完璧に信頼してくれた。

僕は旅の中で、できるだけ人と別れるときは悲しくならないように、大人のように振舞っていたが、今回は泣いた。

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