派遣社員の悩み



〜夏の憂鬱〜

お金に余裕が出来たこともあり、レーシック手術を受けた。このレーシック手術を受けてから、体の調子が悪い。

手術を受けた初日は痛くて目を開けられないくらいだったからそれに比べればまだましになったとは思うが、目が異常に疲れる。目の疲れが心にきて何もする気が起きなくなる。医者で安定剤が出るのも分かる気がする。手術後すぐに仕事にいったせいか、ずっと調子がわるい。段々と異常に考え方がネガティブになった。

Nさんに電話してしまった。結婚している人にこんなことで電話するのは失礼かと思ったけど、電話してしまった。そして目が痛いということを話した。

彼女は心配してくれた。考えてみれば当たり前のことだが心配されることがうれしくもあり恥ずかしくもあった。他人である自分が1ヶ月前に知り合った人に子供みたいなことで電話している。



・・・・やっぱり今年もやってきた。

夏の憂鬱。いつもいつもやってく5月ごろから長いと8月くらいまで続く。毎年毎年例外なく起こる。この期間になると、原因不明の不安とか苛立ちとかがどんどんと自分の感情に現れてきて、すべてをマイナスに考えてしまう。そして深く深く考え込む。そして結論は出ない。

前回の旅から帰ってきて、こんなのは迷信だって思ってたけどそんな簡単になおらない。

でも、冷静にに考えれば、別に気分が落ちるのはそんなに悪いことではない。考えるチャンスだ。

帰国してから考える暇もただただ、働いてきた。お金がなくて不安定でとりあえずお金を稼いできた。仕事が安定して色々と考えるべきときがきたのかもしれない。

体も風邪を引く。生まれつき体が弱い人もいる、手足がないとか、目が見えないっていう障害をもっている人もいる。心もそれと同じだと思う。心が風邪を引くと きもある、生まれつき心が弱い人もいる。心に障害を持っている人もいる。最近、ガンや脳卒中と同じくらい自殺が死因となっている人が多いとよく言われる。 もはや心は体と同じで風邪を引いたときや病気になったときはケアが必要だと思う。でも体を鍛えて風邪を引かなくするのと同じように自分のペースでいいから 少しずつ、心も鍛えていかなければとも思う。




そしてどういうわけか、仕事が安定し、ぬるま湯にいるとストイックさを失う。そしてそれは、不平不満に繋がる。帰国してお金がなかったときは必死だった。ちょっと給料が入るだけでも嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。それが今、安定した生活になると急に人との給与を比較し始め、給与に不満が出始めた。

昼の受付の人は時給は自分よりも150円安いものの、7時間半ほど働いている。日給にすると向こうの方が高くなる。そして昼の受付は休日手当てが出ているのである。なぜ?同じ仕事をしているのに?なんでこんな差別を受けなければならないのか?

NさんはSVだ。SVは恐らく手当てももらっているだろう。そして派遣なのにこの会社は年功序列で給料が上がるシステム、Nさんは10年ここで働いている。自分なんかより相当いい給料をもらっているはずだ。

だんだんと昼の受付やNさんに劣等感や惨めさを感じ始めた。なんでこんなにお金が稼げない人間なのだろう。他にバイトしたくてもコアタイムをここで働いているのでWワークも出来ない。うまく楽にお金を稼ぐことができないことが自分が嫌になる。周りはもっと楽にお金を稼いでいる・・・・そんなお金に執着している自分を嫌いになる。

確かに毎月毎月貯金は貯まっている。でもこんなゲストハウスで極貧生活をしているから貯まるのは当たり前だ。Nさんは旦那さんと一緒に世田谷の家に住んでいる。絵に描いたような幸せな生活だと思う。

自分はいつクビを切られるかも分からない。派遣は契約期間が定められており、契約期間が過ぎれば解除する権利は向こうにある。NさんはSVなのでその心配はない。自分はその解雇に怯えながら暮らしている。●●という大きい会社のマジョリティーはいつもマイノリティーを見下す。こんな一派遣社員などいつでも切れる。

・・・実際に何かがあったわけでもなく、見下されたような言動など一度もされたことがない。よほどのことがない限り契約を解除されることなどない。ただ、自分の契約した労働時間が短いことで頭は混乱した。自分と同じ枠で入っている人は他に仕事を持っている人か離婚して元旦那から慰謝料を沢山とっている人、などである。厚生年金に加入していない人もいる。あの派遣先のフロアーで自分だけが給料が低い。年金も払わされている。手取りが低い。どんどんと自分が惨めになってくる。

そして貯金は貯まっているものの南米にいってからオーストラリアに行ってさらにユーラシアを横断するという計画にはいくら必要なんだ?計画が大きすぎる。帰国した時点で立てていた計画よりも2,3倍大きなものになっている。どこかで妥協が必要かもしれない。でも、理想を壊したくない。いつか現実的に無理だとはっきりわかるまで最後まで努力したいと思っている。でも、実際に契約解除されたら?どうするの?本当にこんなこと達成できるの?あとどのくらい働かないといけないの?ずっと契約解除に怯えながら?いまの貯金だったらワーホリ行くことくらいはできるかもしれないけど、オーストラリアで本当に稼げるの?旅はできるの?その前に南米あきらめるの?

絶対にあきらめない。やる。
「できる」とか「できない」じゃない。「やる。」「やりたい」とか「やりたくない」じゃない。「やる」初めからできないとか言っているときじゃない。もうやることは決まってるんです。

●●の人はまともすぎてつまらない。上に怯えながら上の機嫌取りながら、働いている。僕が一番嫌いなタイプだ。

日本にも面白い人は沢山いるし、自分の周りに本当に素敵な人が多くて、刺激になるし、自分のやろうとしていることが決して間違えてないんだって思わせてくれる。旅であった人の中でチベット人と結婚してシッキムに行った人、世界中の路上で似顔絵を書いて写真に撮り、それを本にしている人。沢山面白くてバカなことをやろうとしている人はいる。そしてそういう日本人は応援したくなる。

だからこそ今の職場で働いていると悪い意味でのまともになってしまいそうな自分が怖い。

・・・・旅したい。友達に借りて読んだ神々の山頂という小説を読んで思った。小説ではヒマラヤに命がけで上る人が描かれているが、山登りと旅は似ている。なんで旅をするのかって人に言われても説明できない。旅をすることで目に見えるメリットなんかないし、留学とかボランティアと違って人に何かやりましたと人に胸を張っていえるわけでもない。地域によっては日本では信じられないような病気になるし、強盗とか治安の問題もあるし、時には命の危険性すらある。お金も使うし、普通の人が働いている期間を使って旅をするわけだからその分経済的にも厳しくなる。しかも音楽とか創作活動と違って後になってなにか作品が残るわけでもない。自分でも何で旅をするのかはわからない。

でも、旅したい。世界中の人と話したいし、色んなものを見たい。なによりも、うまく表現できないけど世界を感じたい。

・・・そうやって理想を掲げれば掲げるほど未来が不安になってきた。本当に出来るのか?気持ちばかりが先行して現実が追いついていない。そもそも本当になんでこんな不安定な生活をしているんだろう?焦りが出てきた。旅をしたい。でも安定した生活もしたい。旅を早く終えたいとすら思うようになってきた。

そんな時にたまたまミクシィで見かけたフレーズを思い出した。

あせりは、自信のなさの象徴。
自分の未来に自信を持てれば、あせることはない。
自信は、うぬぼれではなく自分を信じてあげれるか。
自分を信じてあげれるには、自分をがっかりさせないこと。
自分をがっかりさせないためには、今できることを今すること。
何よりも継続すること。
人生の選択に間違いはない。
過去よりも今、そして明日。
行動が先。
やって嫌ならやめればいい。
やる前から想像する必要はない。
なにしたって死ぬわけではない。

・・折角26年間も付き合ってきた自分だから誰よりも信じてあげたい。そう思って焦らないように焦らないようにした。

むしろ、こういう状況を楽しもうと思った。

多分、たとえこのままお金があるとしても、海外にいっていいのだろうか?時期は来ていないのだと思う。海外に行ってテンションが上がればそれはどんなにきついことだって一人で何とかできるだろう。好きなことだから、行ったら楽しいだろうし、新しい発見もできるし、新しい考え方もでてくるだろうし、いいことは多いだろう。でもそれは気休めにしかならない。つまり根本的な自分の弱さを鍛えることにはならない。

今はこの自分の弱さを鍛えるときなのだと思う。それは耐えること。難しいことだけど、一人で葛藤に耐えること。考え抜くこと、時には考えないこと。そしてそれが時の流れとともに消え去っていくのを見つめること。とことん自分自身と会話をすること。

自信もって言えないけど、旅立つのは今じゃない気がする。多分、このままじゃ一時的に幸せになっても自分が変わらない気がする。ここまで惨めな思いをして、考えていること。それが成長するチャンスなのかもしれない。

今、日本にいることでできることは多い。それは物理的にも心理的にも、、やれることを全部自分が納得するまでやって、自分自身が変化して、それで旅にでたら、、、その時こそ、今よりももっと、素晴らしい感動を味わえるのかもしれない。

それはバネに似ている。バネは押す力が強ければ強いほど、その反動は強くなる。今、日本で、自分を鍛えて、そして色々な本を読んだり、勉強したり、趣味に力を入れたり、色んな人と話をすることをものすごい力でバネを押しているということに例えるのならば、その反動で自分が飛ぶ力は強くなるだろう。飛んでいる瞬間の幸せは計り知れないものになるだろう。




Nさんに話した。自分はNさんに対して劣等感を感じている。お金もなければ愛する人もいない。幸せが何一つない。Nさんは自分の持っていないすべてを持ってる。自分はNさんに同情され、かわいそうに思われている気がしている。というような内容だった。

・・・自分でも訳の分からない被害妄想を言っているなと思いながら一つ一つ話した。

Nさんはよく話を聞いてくれ、笑いながら、そして真面目に話をしてくれた。
「また悩んだら言って。」と言ってくれた。

感謝すると同時に、あんまり頼り過ぎないようにしようとも思う。頼れる人だからこそあんまり迷惑をかけないようにしたいと思う。
でもかっこつけるのを辞めて、難しく考えるのを辞めて、自分の思いををありのままに人に伝えるようしたい。せっかく人がよくしてくれるのだから、それに対して変なプライドとかもたないで、お願いします、ありがとうございますっていう感じで謙虚になって話を聞いてもらうのは相手に対して迷惑ではないと思う。

こんな悩み・葛藤を抱えたまま、韓国へ行った。まず、あの人に自分の気持ちを伝えなければならない。僕はあの人が好きだった。ワーホリに来るのならその後の展開も色々とあるかもしれない。

でも、韓国のワーホリ案を消した時点でその後の展開はありえない。恋愛よりも自分の夢をとろうと決意した。

ソウルに着いたがみんな忙しそうだった。最初に行った11月はちょうど休学していたらしく時間があったが、今の時期は韓国の大学生はテストらしい。当然彼女は勉強しなくてはならずあまり日本から来た客を前みたいにもてなしている余裕はなかった。

なかなか電話にもでず、ソウルに着てから会えないかもしれないとちょっとだけあきらめていた。なんとか会えたが、気を使ってくれているものの3日で4時間しか寝ていなかったらしく、かなり疲れている様子だった。

そして、最後の夜の最後に、なぜか二人になった。そこで、色々と話をして、あなたが好きだけれど、やっぱり旅が好きで一緒にいれる訳ではないからというような話をした。彼女が自分を好きでいたかどうかは別にして彼女を恋人にする努力すらできないことは嫌だったけれど、最後に友情のハグをして日本に帰った。




そして日本に帰ってNさんから旦那さんの子供を妊娠したというメールをもらった。

素直におめでとうって思いながらも寂しかった。もともと自分はただの友達であるという当たり前のことをわかっているつもりだったけどこれ以上頼ることはできないと考えると辛かった。

彼女の話を聞いていると、どうやら日本で普通に暮らすのも悪くないと思っている自分がいる。幸せな家族っていいなと思うようになった。

そして自分の惨めさを再認識した。

妊娠しているのにSVとしてみんなから慕われて仕事をしている。子供が生まれる。給与も高い。片や夢ばかり見て何も実現せず、実現できるかも分からず、給料も低く、時間も短く、家族はおろか自分のやりたいことのために好きな人さえ作らない。

経済的にも精神的にも社会的にも負けている気がした。また劣等感を感じるようになった。

段々と仕事に行くのが辛くなった。話すだけで辛い。話すだけで自分が惨めになる・・・
でもそれは言えない。妊娠して体調も悪くなってくる人にこんなことは絶対に言えない。
自分が傷つくしかない。

でも、傷ついても傷ついても立ち上がろうと思った。

その後には強くなっている。それを信じて、今は行くしかない。

こんな日々をすごさなければならないけど、それでも、自分がそこで頑張ることで、絶対に強くなれる。上手くいくかはわからない。全然わからないけど、それでも頑張って傷ついた後はそれなりにうたれ強くなっているものだ。それを信じて日々をすごして生きたい。

そして絶対にこの辛さがいつまでも続くことはありえない。いつかは終わる。

いつかそれが全て終わって海外に飛ぶとき、どんなに高揚感をもって飛べるだろうとその想いを胸に秘めている。

TOP      NEXT

inserted by FC2 system